東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)154号 判決
審決にこれを取り消すべき事由があるかどうかについて検討する。
いずれもその成立に争いのない(中略)弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、
原告は、一八四六年にヨハネス ヘンクストラによつて創業され、一九二一年(大正一〇年)に会社組織に変更されて現名称となり、主として各種電気関係機械器具の製造販売を業とし、「HENGSTLER」の文字を商標として使用して来たものであるが、戦後その業務は急速に発展し、昭和三八年以降欧米各国に子会社を設けて業務活動をし、わが国に対しても、昭和三六年ごろ、神戸市所在のシー ワインバーガ株式会社に対して製品を販売したのを初めとし、同会社を輸入総代理店として販売を続けていたが、昭和四一年二月には、被告を日本における総代理店と定めて、それ以後昭和四八年ごろまで被告を通じて、原告製品主として電磁カウンタを輸出して来たこと、電磁カウンタは、各種機械に組み込まれて、計数ないしは制御を行なうものであるが、昭和四〇年ごろ当時、国産のカウンタは、全体的にカウンタの生命ともいうべき正確性について必ずしも信頼できないものであつたのに対し、原告製品である電磁カウンタは、きわめて高い正確性を有していたため、これに対する需要は大きく、昭和四二、三年ごろには右電磁カウンタの販売高は急速に増大し、比率としても、全輸入量の約九五パーセント、国産品を含む全販売量の約二〇パーセントを占めるに至つたこと、被告は、輸入総代理店として原告の電磁カウンタを輸入販売するにあたり、原告の名称の略称である「ヘンクストラー」が、右電磁カウンタの販売について使用するのに必ずしも適当でないと考え、原告の了解も得たうえ、右カウンタを「ヘンクストラ社のカウンタ」という意味で「ヘンクカウンタ」という名称で販売することに決定し、それ以後右決定に従つて強力に宣伝・販売をしたため、遅くとも昭和四三年六月一九日の本件商標登録出願当時には、取扱業者のほとんどの者に対し、原告の電磁カウンタについての右「ヘンクカウンタ」の名称は徹底し、また、これに伴つて、原告自体についても、取引上、「ヘンク社」、「ヘンクさん」ないしは「ヘンク」と呼ばれることが多くなり、「ヘンク」が「ヘンクストラ」ひいては原告を指称するものであることが、取引者・需要者の間に広く知れ亘るに至つたこと、
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして、右認定の事実によれば、本件商標の登録出願の時点において、原告が当業界においては「ヘンク」と略称され、その略称は著名であつたというべきものであるから、これに反する審決の認定は誤りといわなければならない。
ところで、被告は、電磁カウンタについては、その特性上、製品の売上げが伸びても、その商標ないしは名称が周知になることはない旨主張するが、被告主張の右特性についてはこれを確認するに足る証拠がないばかりでなく、被告の右主張は、カウンタを組み込んだ機械についての取引者・需要者とカウンタ自体のそれとを混同しているものであることが明らかであるから、これを採用することはできない。
しかして、審決における前記認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかであるから、審決は違法としてこれを取り消すべきものである。
よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註その一〕本件における審決理由の要点は左のとおりである。
1 本件商標の登録出願の時すなわち昭和四三年六月一九日の時点において、商号を「J. HENGSTLER KOMMANDITGESELLSCHAFT」(ジエー ヘンクストラ コマンテツドゲゼルシヤフト)とする請求人(原告)が存在し、かつ、該商号の略称として「HENGSTLER」が使用されていた事実は認められるとしても、これが、さらに「HENG」(ヘンク)と略称され、しかも著名であつたとみるべき証左は何もない。
そうとすれば、該時点における請求人(原告)の商号(名称)の略称は「HENGSTLER」であつて「HENG」ではないといわなければならない。
しかして、「HENGSTLER」は「ヘンクストラー」と一連に読まれ、一定の意味合を表現しない造語と理解せしめるものと判断するのが相当であるのに対して、本件商標は「HENG」及び「ヘンク」の文字を組み合わせて成るものであるから、請求人(原告)が主張するような請求人(原告)のテレツクス呼出略号の一部であるか否かは別として、一見して外国語若しくは造語とその読みを表示したと認識せしめるものと判断するのが相当である。
したがつて、両者間には、文字の構成、その読み、表現のいずれをとつても共通点はないものと認めざるをえない。
してみれば、本件商標は、請求人(原告)の著名な略称を含む商標とはいいえないものであるから、商標法第四条第一項第八号に違反して登録されたものということはできない。
2 また、請求人(原告)が提出した各証拠等を詳細に検討したが、その内容をもつてしては、本件商標の登録出願の時点において、請求人(原告)は「HENG」「ヘンク」なる商標をどのような表示方法をもつて、電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具、電気材料中の何れの商品に使用していたか、これを確認しうるに足る具体的な事実はなんら明らかにされておらず、ましてや、該商標が請求人(原告)の業務にかかる上記の商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたと推認することはさらにできないところである。
してみれば、本件商標の登録出願の時には、請求人(原告)の業務にかかる商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた商標であつて、本件商標と商標が同一若しくは類似し、本件商標の指定商品と同一若しくは類似の商品に使用していたと認定しうる商標の存在はなかつたと認めざるをえない(したがつて、請求人(原告)申請にかかる証人田中義崇、同前田博彦の尋問も、その必要をみないから、これを行なわない。)から、本件商標が商標法第四条第一項第一〇号に違反して登録されたものということはできない。
〔編註その二〕本件に関する商標は左のとおりである。
<省略>